
滑石付近では、夕方頃、けっこう強い雨が降りました。空が赤くて夕立って感じでした。全国的に雨の被害が続いているので、ちょっとした雨でもいつまで降るのかと心配になります。
今度の議会、一般質問する項目が5つあるんですが、国保の部分は原稿つくれました。もうすでに2000字くらいあるので、5個もできるか焦ってます・・・。
気分転換にDVDをかりてきました。6月からレンタルされてる、『サラエボの花』を見ました。激しい内戦が戦われたボスニア・ヘルツェゴビナ。映画ラストの母と娘が戦争に体も心も傷つけられ、それを乗り越えて生きていく姿に胸を打たれます。
母のエスマが小学6年生の娘のサラに隠していたサラの出生の秘密。サラに小銃で脅迫されて告白し、自らもセミナーで泣きながら語り、現実を受入れる。最後、手を振って、娘を修学旅行に送り出すシーンが、泣けます
昨日から一般質問のヒアリングをそれぞれの担当課と行っています。今度は、国保事業、後期高齢者医療制度、原油価格高騰に対する支援、平和行政の4点について取り上げたいと考えています。
平和行政は、2010年NPT再検討会議に向けた取り組みをどう進めていくのか、核廃絶の機運を高める被爆地の役割について質問します。ヒアリングを行いましたが、平和推進室の室長さんとは平和推進室にお邪魔したときにあいさつしたくらいで、いろいろお話したのは、はじめてでした。
アフガニスタンでの伊藤和也さんの遺体発見、米印原子力協定の問題、グルジアをめぐってのロシアとアメリカの対立など世界情勢の動きで、核廃絶に対する世界各国の姿勢も大きくかわってくることや国ではなく自治体の取り組みとして進めていかなければならない点などいろいろ制約があるにしても、被爆地として被爆の惨状をつたえ、核廃絶を訴えつづける大きな役割があると言われていました。
アメリカの民主党が核廃絶を政策綱領にはじめて掲げ、11月のアメリカ大統領選挙は、2010年を展望するうえでも、注目されます。
アフガニスタンで拉致され、殺害された伊藤和也さんのご冥福をお祈りします。伊藤さんの現地で働くことを希望した志望動機を読みました。犯行にいたった武装勢力に対し、あまりにひどい蛮行で、どうしてと怒りを向けざるをえません。志半ばでなくなった伊藤さんの思いにこたえるためにも、アフガニスタンで安心して仕事ができる環境をどうやってつくっていくのか議論していく必要がある思います。
昨日は、雨が降ったりやんだりでしたね。社会福祉審議会の児童専門分科会がありました。次世代育成計画の進捗状況、学童クラブの課題や設置基準、幼稚園の今後、保育料など報告がされました。妊婦検診について質問すると、国の交付税負担でできるようになれば、14、5回は公費負担でみると答えがありました。
9月議会の議案は、おおまかなもの次の通りです。
○人事 3件
・教育委員の任命 など
○条例 12件
・市立幼稚園の条例の改正(南幼稚園の廃止)
・企業立地奨励条例の改正(交付額の見直しなど)
・中央卸売市場業務条例の改正(委託手数料の決め方の改定)
○予算 2件
・一般会計補正予算 22億
耐震診断・実施設計に約2.5億、NHK「龍馬伝」の有効活用の検討に100万、土木費16億(うち県施行事業負担金13億)

朝晩は、だいぶしのぎやすくなったですね。今日は、議会運営委員会が開かれました。9月議会の議案が示されました。詳しくは、明日紹介したいと思います。予算関係では、小中学校の耐震化促進事業の予算が増額されてました。条例は、企業立地奨励についての条例改正で、新規雇用に対する補助が正規雇用と非正規雇用できちんと区別がされるなどこれまで求めてきたことが提案されています。
今度、郵政民営化に関わって、近くにある郵便局長さんから話を聞きました。民営化の法律で4つの会社(持株会社、郵便、郵便貯金、簡易保険)に分社化され、特定郵便局は、郵便業務の委託しか保障されておらず貯金と簡保は10年間のみ保障されていて、ゆうちょとかんぽ生命は株式上場する方向で、貯金や簡保の仕事ができなくなるかもしれない。そうなると郵便業務だけでは営業が続けられるかわからず地域から郵便局がなくなってしまうおそれがあるということでした。
郵便局長さんの多くが、民営化前と比べて、利用者の待ち時間が増えた、各種手数料が高くなっている、利用者が減ったなど実感されているとのことでした。お邪魔したときにも待っている人がけっこういました。
サービスは守られるといって始めた民営化。悪くなっている以上、見直しが必要です。郵便業務もそうですが、国の責任で行う貯金業務がまったくないというのは、大問題だと思います。
(写真は、松本城です。天守の部分が国宝。国保の視察後に案内してもらいました。天守閣の最後の階段の勾配はなんと61度・・・。松本市の特別会計で管理されていました。平日の午後でしたが、観光客で賑わっていました)

20日から23日まで視察に行ってきました。国保の資格証明書・短期証明書の取り扱いについて3つの自治体での取り組みをみてきました。全国的に国保事業は、加入者の所得に比べて高い保険税(料)、医療費は伸びる一方で、どこの自治体も運営に苦しんでいます。
そんな中でも、資格証明書をゼロにしたところ、発行がものすごく多くても対象を限定しているところなど国民皆保険の制度を維持する努力がされています。長崎市でも、約600世帯に資格証明書が交付されています。どんな理由であれ市民から保険証を取り上げることは、許されません。
この間、保険証がなくてどうすればいいのかという声も直接、寄せられています。今度の議会では、この問題について取り組みたいと思っています。
写真の本は、視察の移動中に読みました。先週には、排水門付近で魚が大量死していることが報道されました。有明海が宝の海と言われるほどいかに豊穣な海なのか、その有明海の環境を壊してしまった農水省と長崎県が営農者と漁民のためにできることは、有明海の再生のために排水門の常時開放しかないと迫っています。諫早湾干拓事業がどのようにしてはじまったのか、政治の黒い部分も実録入りで紹介されています。
8月15日ピョンテク→ソウル

朝食後、ピョンテク平和センターに移動。所長からセンター設立の経緯など伺う。平澤米軍基地拡張問題のフィールドワーク。(平澤の米軍基地の拡張については、角南さんのブログを参照ください)
PAC3が配備されていた。いまはミサイル部分は撤去されている。弾薬群が、住宅街のすぐそば200Mくらいのところにある。危険度のランクは、一番高い1。数字まで見えなかったが、印のオレンジ色まで肉眼で見える。

F15?が訓練を始めた。すごい爆音で頭痛がした。4機編隊ででていく。タッチアンドゴーの練習など1日120回くらい使用しているそうだ。

埋立すすんでいるテチュリ。砂の量が不足し、工事が遅れている。平和センターでは、砂の所有者と連絡をとり、砂を不買運動を進めている。所長さんは、米軍はピョンテク基地が100年はつづくことを明らかにしたことが、南北統一しても米軍が駐留するのかとう怒りを呼んでいると話していた。

平澤からソウルに移動。角南さんが教えてくれた強制動員・強制連行の展示会(政府機関の主催)を見に行く。会場は、地下鉄慶福宮(キョンボックン)駅の通路。角南blogでも詳しく紹介されてます。展示に訪れた市民が感想を書いて壁に貼るスペースでは、強制動員の歴史についてではなく、「独島は韓国領!!」のたぐいがほとんどだった。
8月15日は、韓国にとって独立記念日、光復節。夕方から反政権デモが行われている。角南さんによると、デモをする団体は、星の数ほどあるらしく、7時にそれぞれの主張に脇に置いて反李明博政権の集会をして、デモにうつる。キョンボックンは、大統領府のすぐそば。泊まっているホテルは、違法デモで指名手配中の犯人8人が籠城している曹渓寺(チョゲサ)のすぐそばで、ソウルの中心部には、私服警官や戦闘警察(機動隊)があちこちにいた。

展示会を見学後、サムギョプサルを食べにいく。私にとってこの旅、最後の夕食。ここのお店は、すでに細かいサイズにされていた。はさみの出番はなし。ちょっと残念。鉄板の脇にキムチをにて、最後にキムチご飯にして食べた。マシッソヨ~。
夕食後、デモの見学。ろうそくをもった市民。女子高校生たちも参加していた。消防車のような放水車がきた。まさか放水はしないだろうと見ていると、いきなり放水・・・。驚いて、道路脇でデジカメで撮っていると、いきなり背中に水をかけれられて、あわてて逃げた。振り返ると、戦闘警察が噴射機をもって、怒鳴っていた。通りにいた韓国の人は、警察に怒っていた。私たちにタオルやハンカチをくれた。警察は、やりすぎだ。角南blogにもそのときの様子が書かれています。
ホテルに帰って、つけられた着色料を落として、就寝。16日、朝の便でインチョンから福岡に到着。最後は、ちょっとたいへんだったが、そういう部分も含めて短い期間だったけれど、韓国を堪能できてよかった。

案内&通訳の角南さん。声がしぶい。15日は、デモの取材をせずにいっしょにご飯を食べにきてくれた。

ろうそく少女。チョゲサ(お寺)に置いてあった。ろうそくデモを最初に始めたのが女子学生で、デモのシンボルになっている。見た目は、ちょっと中国的か。
8月14日ハプチョン→テグ→平澤(ピョンテク)

ハプチョンでて、バスと電車でピョンテクに向かう。ピョンテクは、在韓米軍の基地がある。人口40万ちょっとの地方都市。ピョンテクは、ソウルまで地下鉄で2時間くらい。
平澤駅で、通訳をしてくる在韓フリージャーナリストの角南さんと合流。昼食は、角南さんおすすめのお店で。へージャンクを食べる。豚肉のチゲ鍋?辛かった・・・。
午後3時に韓国原爆被害者協会畿湖支部に訪ねる。支部2世の会の会長らが出迎えてくれた。いろいろとトラブルがあったが、連れて行ってもらって、被爆者で徴用工裁判の原告でイクンムクさんから話を伺えた。
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8月13日(3日目)ハプチョン

(82歳になるというパクタイスンさん)
支部長さんの案内で、在韓被爆者を訪問し、話を聞く。移動は、マイクロバス。日本のより少し大きい感じ。パクタイスンさんとチョンサンゴンさんの2件のお宅にお邪魔した。パクさんの夫は、戦前、韓国人の警察によって強制的に日本につれてこられた。チョンさんは、子どもだったため、なぜ日本に親が行ったのかわからないという。
ハプチョンは、農村地帯。両方のお宅とも、大きくは戦争が原因で、自らに加え子どもも目が悪かったり、うつだったりと困難を抱え、貧しい生活をされていた。貧しいからこそ病気になるとも思えた。

(チョンサンゴンさん。2003年に手帳を取得したときは嬉しかったと言われていた。原爆がおちて戦争が終わり独立できたと思うとも言われていた。)
途中、ハプチョン博物館を見学。古墳時代の博物館だった。

昼食は、サムギョプサル。はさみで焼き肉をきる感覚はへんな感じ。脂がのっていてもさっぱりしていて、おいしい^^ Continue Reading »